Be your friend
私の言葉はどこまであなたの孤独に届くのだろう。『キッチン』1988年刊行分帯より
吉本ばなな『キッチン』

吉本ばななさんの本をずいぶんたくさん読んできたな、と思う。ほとんどの著作を持っている。
ただ、このような世界観の物語は、自分の精神状態によっては読めない時期がある。だから、ばななさんの本も数年前からの一時期全く読まなくなっていた。
けれど。
この半年ほど、決定的に身体が壊れてしまって休んでいるしかできなかったとき、なんとなくとても読みたくなった。休み休み、一冊ずつ、毎日大切に読んだ。
いまになって気づくこともあったので、メモしたい。
キッチン

あらすじ
たったふたりだけの家族だった祖母を亡くし、大学も休んでただ日々をやり過ごしている桜井みかげ。住んでいる部屋は引っ越さなければならないが、気力がない。そんなある日、祖母のお気に入りだった花屋の青年・雄一が訪ねてきて、「母と相談したんですけど、しばらく家に来ませんか。」と誘う。
キッチン 感想
1987年の第6回『海燕』新人文学賞受賞作品。なんと31年も前。
私の持っているこの本の奥付を見てみると、1988年6月20日第9刷。初版が1月30日なので、ほんとうにセンセーショナルな作品だったんだろうな、と思う。
よく言われることだけど、
先日、なんと祖母が死んでしまった。びっくりした。
ー『キッチン』9ページから引用
というような語り口が文学として登場するなんて、とても衝撃的だった。
ばななさんの後にはこういうのも珍しくなくなったけど、最初に(と私には思えた)こういう感じで書いて、しかもこんなに評価される作品でもあるというのはやっぱりすごいと思う。
文章の書き方は、私が持ってる中でいちばん新しい本と比べると、すこしすっきりしているのかもしれない。
語らない部分が多いのかもしれない。短いお話だからなのかもしれないけど。
私はなんというか、ひさしぶりにこの本を読んで、ひんやりとして静かで爽やかだなあ、と思っていた。書面なんて、頭の中では文章と文章の間にものすごくスペースがある。
実際に開いたら、別に普通の狭さだったけど。

いま読んで感じたのは、誰かをうしなった時の膜に包まれているような倦怠感が、すごくリアルな物語だな、ってこと。
この場合は死だけど、それだけじゃなく、あまりにもだいじなもの・・・というより、あって当たり前だったものとの別れには、こういう感覚がつきものなのだろうか。
あって当たり前だったからこその、なくなったときのあの感じは、なかなか、なれるものじゃないと思う。
それがすごく表現されてる。
みかげは最初、引用した文章みたいな感じで、どこかひとごとのように、おばあちゃんが亡くなったことを捉えている。おばあちゃんがいないんだから、大きすぎるし家賃も高い家を引っ越さなきゃとか、そんなふうに。
わかってるけど、麻痺してるみたいな感じ。
それが解放されるシーンにとても、とても胸が苦しくなる。
あって当たり前のものをぞんざいに扱っていることに腹を立てて、でももう自分が戻れないその輪の中で、次の瞬間には笑いあってる、しあわせそうで可愛いその感じ。
まったくその通りのことを経験したわけじゃないけど、そのかけがえのなさ、取り返しのつかなさとか、丁寧に扱わなくても愛されていることとか、自分はもうそこには入れないんだとか、そういういろんなことで….
続きは新しい「kvieteco」にて…
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